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食・農・地域の未来とJA

日本の食・農・地域の将来についての有識者メッセージ

脱炭素を活用した異業種マッチングで農業支援の可能性

下川哲 早稲田大学政治経済学術院 准教授

もうかる農業」と食料安全保障

 「儲かる農業」の実現は、国内農業を維持し、食料安全保障を確保するための必須条件といえる。一方で、「儲けやすい農畜産物」と「儲けにくい農畜産物」がある点にも留意する必要がある。そして、現在の日本農業を取り巻く状況では、「儲かる農業」の推進によって「儲けやすい農畜産物」に国内生産が偏る可能性が高く、その場合、食料安全保障への貢献はかなり限定的になる。というのも、「儲けやすい農畜産物」は高単価の果物、施設野菜、花き類の場合が多く、人の生存により不可欠な穀類、豆類、根菜類などは儲けにくいことが多いためだ。
 たとえば、2022年に実施された農業経営統計調査によると、経営体あたり農業所得の全国平均は、水田作経営が1万円、果樹作経営が214.9万円、畑作経営が222.8万円(都府県のみだと142.3万円)、露地野菜作経営が218.3万円、施設野菜作経営が331.3万円、施設花き作経営が405.5万円になる。また、畜産経営では、輸入飼料費などの高騰によって農業所得が急減している。たとえば、酪農経営では、2021年の平均農業所得は735.8万円だったが、2022年にはマイナス48.8万円にまで減少している。
 これら調査結果より、ざっくりとした傾向として、施設野菜作や施設花き作が比較的儲けやすい一方で、水田作や畑作(都府県)は儲けにくいことがわかる。また、以前は儲けやすかった畜産経営が、近年の経営費高騰の影響で一気に儲けにくくなっている。

「儲けにくい農畜産物」がもっと儲かるようにするには

 それでは、どうすれば食料安全保障にとって重要な「儲けにくい農畜産物」で儲けることができるのだろうか?基本路線は薄利多売で、大規模化・機械化・自動化を進めることになるだろう。これから農業従事者数がさらに急減することを考えても、このような流れは避けられない。たとえば、水田作経営体の平均農業所得は、全経営体でみるとかなり低いが、作付面積20~30ヘクタールの経営体だと495.7万円、30~50ヘクタールで661万円、50ヘクタール以上で679.2万円になる。畑作の場合も、作付面積60ヘクタール以上の経営体の平均農業所得は1292.4万円になる。
 また、施設栽培よりも露地栽培のほうが、大規模化による経営費(動光熱費など)の増加が安くすむため、農業所得の増加率が大きい傾向がある。たとえば、露地野菜作では、作付面積が4倍以上増えると(5ヘクタール未満から20ヘクタール以上)、平均農業所得が約12倍になる(144.6万円から1718.1万円)。一方、施設野菜作では、作付面積が4倍以上増えても(0.5ヘクタール未満から2ヘクタール以上)、平均農業所得は約2.5倍しか増えない(269.5万円から665.5万円)。
 大規模化以外にも、加工などまで含めた高付加価値化などの方法もあるが、主要な農畜産物を庶民的な価格で供給するという食料安全保障の面から考えると、大規模化のほうが優先順位は高いかもしれない。

脱炭素を活用した異業種マッチングによる農業支援

 しかし、「儲かる農業」と「食料安全保障」を両立させるには、大規模化だけでは不十分である。特に、近年の畜産経営が直面している問題は輸入飼料費の高騰で、大規模化とは異なる対策が必要になる。
 そこで注目しているのが、世界的な脱炭素の流れを活用した、農業セクターと非農業セクターとのマッチングによる農業支援である。というのも、日本農業の抱える問題は農業セクターだけで解決できる問題ではなく、非農業セクターの協力が必須だと考えるからだ。ただ、異業種企業が農業に参入しても、農業で勝負する限り同様の問題に直面するだけである。そのため、異業種企業が農業に直接参入するのではなく、その企業の本業を生かして間接的に農業を支援する仕組みこそ必要なのではないだろうか。そして、脱炭素を結節点にすることで、そのような間接的な支援が可能になると考えている。
 たとえば、エネルギーセクターとのマッチングである。農業の大規模化が進めば、農業のエネルギー依存度が高まる。一方で、脱炭素とエネルギー自給率(現在12.6%)向上のための再エネの拡大は、電気料金など農業経営費の上昇につながる。そこで、太陽光発電の季節的変動と、農業の電気需要の季節的変動(酪農の暑熱対策など)をうまくマッチングすることで、農業生産における電気代を安くする仕組みを作れないだろうか。さらに、再エネ利用によるCO2削減量をカーボン・クレジットとして売り、農家の副収入にすることで、さらなるコスト削減につなげられるかもしれない。他にも、半導体セクターとのマッチングも考えられる。水田維持による地下水の保護から恩恵を得る半導体セクターが、水田作のメタン削減によるカーボン・クレジットを購入することで支援してはどうだろうか。

脱炭素時代だからこそ期待されるJAの役割

 欧米などに比べ、日本ではまだまだ低調なカーボン・クレジット取引だが、2023年10月、ついに東京証券取引所にカーボン・クレジット市場が開設され、2026年から対象企業の参加の義務化など本格的に稼働し始める予定である。一方で、このような取引は取引規模に関わらず事務的な固定費用が発生するため、ある程度まとまったCO2削減量がないと割に合わず、大規模農業経営体ですら単独で取り組むにはハードルが高い。
 そこで、JAの出番ではないだろうか。JAが地域の農業経営体をまとめ、地域全体で十分なCO2削減量を確保し、クレジット申請などの事務手続きはJAが一手に引き受けることで、単独参加では割に合わない農業経営体でもカーボン・クレジット市場の恩恵を多少なりとも受けられるかもしれない。また、JAが非農業セクターとの取引を開拓し、取引窓口となることで、地域農業に根差したカーボン・クレジット市場の結節点になれるのではないかと期待している。

下川哲

下川哲 しもかわ・さとる

早稲田大学政治経済学術院 准教授。早稲田大学食とエネルギーシステム研究所所長。米国コーネル大学でPh.D.(応用経済学)を取得。専門は、「食」を取り巻く社会問題を経済学的手法で研究する農業経済学。著書に『食べる経済学』(大和書房)がある。

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