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食・農・地域の未来とJA

日本の食・農・地域の将来についての有識者メッセージ

食と農を持続可能に導く農地のコモン化

中塚華奈 摂南大学農学部 准教授

1. 農業構造の変化と農地のコモン化の必要性

 わが国の農業構造は年々変化しており、基幹的農業従事者は224万人(2005)から136万人(2020)へ、耕地面積は608.6万ha(1961)から429.7万ha(2023)へと減少した。今後も私たちが安心して暮らしていくためには、国内農家の確保・育成と国産農産物を積極的に食べる消費者の育成が不可欠である。
 さまざまな施策が講じられる中で、農地を「コモン」として位置付け、農業者が市民(以下、消費者)と共に国内農地を維持する仕組みを構築することも一手段として有効であると思われる。
「コモン」とは「社会的に人々に共有され、管理されるべきモノやコト」を指す。

2. コモン形成に資する農業者と消費者の関係性の深化

 昨今、食と農の乖離かいりによる課題を解決すべく、双方から「消費者を農業・農村に迎える動き」と「消費者が農業に参画する動き」が見られるようになった。
 「売るvs買う」という対峙たいじ関係から、交流、共感、協働へと関係性を深化させ、農地をコモンと位置付けて、生産と消費の循環を積極的に行っていくことが、今後のわが国の農業を持続発展させる鍵となる。以下、コモン形成を可能とする、農業者と消費者の関係性を深化させるプロセスについて見ていきたい。

1)全く面識のない「赤の他人・知らない人」
 人は顔見知りになり、接する回数が多いほど相手に対して親しみを感じ、好印象を持つ。逆に、知らない人には警戒し、心を開かず、時には攻撃的で批判的になる。心理学ではこのことを「ザイアンスの法則」と呼ぶ。
 それを踏まえると、最も望ましくないのは、農業者と消費者の間に全く面識がない関係である。農業者から消費者へは、都市化による栽培環境の変化や田畑へのゴミの不法投棄、農産物盗難など、消費者から農業者へは農業機械の音や土埃つちぼこり、農薬や肥料のにおい等、相互に不満が生じる。この状態からはステップアップを図りたい。

2)「顔見知り」以上「お得意さま」以下の関係
 1段階目は、両者が顔見知りになり、「売るvs買う」という関係から「つくる&食べる」という関係に認識しあうことである。そのためには生産者から直接購入する、時には農家が近隣住民に野菜をお裾分けする等、なんらかの出会いの機会を設けることが必要である。互いに顔を思い浮かべられるようになると、前述した相互のクレーム感情も和らぐ(はずである)。

3)行きつけの田んぼや畑ができる「交流する」関係
 2段階目は収穫体験や体験農園、オーナー制度など、農業者と消費者が直接顔を合わせて交流する関係である。この段階に到達した消費者は、自分と農地が無関係なものではなくなり、日照り続きや台風などの悪天候時には、農産物の価格高騰よりも農業者を心配し、思いをはせるようになる。応援消費を推奨しなくても、「行きつけの田んぼや畑」「推しの農家」のいる消費者は、農産物の購入時に、積極的かつ定期的に交流先の農家の農産物を選択する購買行動をとり、農業者の経営安定につながる。

ゼミ生と毎年参加している「さんさんグリーン茶摘みの集い」(左)/ 行きつけの茶畑(京田辺市)(右)

4)喜びもリスクも分かち合い「共感する関係」
 3段階目は「共に農地を守る関係」である。一例としてCSA (Community Supported Agriculture=地域支援型農業)を挙げる。CSAとは「地域の生産者と消費者が農地をコモンと捉え、コミュニティーを形成し、農産物を分かち合いお互いを支え合う農業」のことである。
 CSAの特徴の一つは、参加者による参加費の前払いである。これは農業者にとって安定した年間収入が保証されることにつながる。法律上、農地の所有権は農業者にあるが、CSAの農地は農業者と消費者のコモンと位置付け、天候不順で収穫量が減少したときのリスクも両者で分かち合う。豊作を共に喜び不作を共に憂い、農地を共に守り楽しむ関係が構築できる。
 CSAを実践している農家から、次のようなエピソードをお聞きした。
 ある日、消費者からLINEでメッセージが届いた。「先日いただいたキャベツにアオムシがついていました」と。一般的な流通ではこのような消費者からの連絡はクレームとして処理され、返金するか虫のついていない新しいキャベツと交換するといった対応がとられる。しかし、CSAでは「息子と一緒に虫かごで育てることにしました」という連絡が来た後、アオムシがさなぎになりモンシロチョウになるまでの約1か月間、楽しそうに観察している写真付きのLINEメッセージがほぼ毎日送られてきたのだそう。

5)共に農業を担う「協働の関係」
 最後は消費者が農業者と共に農業経営の一端を担う「協働の関係」である。例えば東京都内では都市住民を援農ボランティアとして登録し、農家に派遣する事業を2019年時点で22区市が導入し、合計の登録ボランティア数は1,616名、登録農家数は411戸にのぼる。
 大阪府では「農業マッチング制度」と称して、①「体験・ボランティアコース」、②就農希望者向けの「研修コース」、③ノウフク連携を促す「ハートフルアグリコース」、④副業、農業体験などの取り組みを希望する企業と連携する「企業コース」の4種類を設けて、行政が農業者と消費者の協働の関係づくりをサポートしている。

3. 地域共生社会形成に資するJAへの期待

 近年、JAにおいても、非農家を対象にした農業塾や体験農園を運営し、「耕す消費者」や「生産する消費者」を育成し、地域農業振興に取り組む事例が見られる。地域によっては、分野を超えて連携し、地域課題に取り組む協同組合間連携も進んでいると聞く。
 地域の農地をそこに住む農業者と消費者のコモンとして位置付け、組合員である農業者と共に地域の非農家や非組合員をも対象とし、わが国の農業の維持、発展を共に支える仕組みをJAとしても推進していくことが期待されよう。

農業者と市民(消費者)の関係性深化による農地のコモン化

中塚華奈

中塚華奈 なかつか・かな

摂南大学農学部食農ビジネス学科准教授。NPO法人有機農業認証協会理事長。NPO法人食と農の研究所理事。大阪府堺市地産地消推進協議会会長。専門は、食農教育、食品表示、都市農業。著書に『都市農業新時代』(共編著)実生社、「有機農業と環境」『農業・農村の資源とマネジメント』(共著)神戸大学出版会など。

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