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海外だより

グローバルな視点で日本農業やJAを見つめるために、全中ワシントン駐在員による現地からのタイムリーな情報を発信します。

移民・非移民・労働力 その1

[July/vol.145]
菅野英志(JA全中 農政部 農政課〈在ワシントン〉)

 政府の見解に従えば、わが国は「移民政策」を採用していない。しかし、深刻な労働力不足等を背景として、2019年4月から新たな在留資格(特定技能)が創設されるなど、「就労目的の在留資格による外国人労働者の受け入れ」は拡大傾向にあり、2022年10月末時点で、過去最高となる約182万人の外国人が日本で働いている。農業分野に限定すると、同時点で約4.3万人の外国人労働者が従事しており、その数は5年前と比較して約1.6倍となっている。加えて現在、日本では技能実習制度などの見直しが進められており、外国人労働者の受け入れ拡大に向けた環境整備は今後も進められていくだろう。

 一方、移民大国アメリカは、建国以来、経済の発展や文化の形成、ナショナル・アイデンティティーの確立等に移民が決定的な役割を果たしてきた。しかし、“トランプの壁”に象徴されるとおり、移民政策は近年、アメリカ内政上の大きな争点となっており、直近では移民や難民に寛容な都市(聖域都市)に南部から大勢の移民が移送されるなど混乱が広がっている。農業分野に目を向ければ、農業経営者は非移民就労ビザを活用して外国人労働力を確保しつつも、いまだ不法移民が農業労働力を支えている実態もある。

 本号と次号では、アメリカにおける移民等に関する最近の情勢と農業分野における外国人労働力の確保に関する情勢をお伝えしたい。

合法移民と不法移民

 トランプ前大統領の主導の下、2020年3月から実施されていた「タイトル42」と呼ばれる国境措置¹が、本年5月11日に失効した。これに伴い、国境付近に押し寄せる移民希望者の急増が危惧される中、亡命申請の適格性に一定の制限を課す新規則を公表したり、国境警備の強化に向けて軍隊の追加派遣をしたりするなど、バイデン大統領は対応に追われている。
 税関・国境取締局のデータによれば、南部国境における不法越境者数は、新型コロナの影響で2020年は月数万人程度まで減少したが、最近は月20万人を上回ることも珍しくはないほど増加している。なお、この数字は国境警備隊により身柄を拘束された(あるいは自首した)人数²であり、4人に1人程度は捕まらずに越境していると推定されている。
 また、不法移民といえば、このような不法越境者をイメージすることも多いが、実態としては、合法的にビザを取得して入国した後、ビザの有効期限を超えて不法に滞在(オーバーステイ)するケースが近年は多いとの報告もある。国土安全保障省は、2018年時点で、アメリカの人口の約3%、1,140万人程度がアメリカ国内に不法に滞在していると推計³している。

 次に、合法移民の数について、国土安全保障省のデータによれば、2020年、2021年はコロナの影響もあり年70万人程度の受け入れ実績となっているが、2010~2019年までの10年間は、平均して年間約106万人もの合法移民をアメリカは受け入れている。こうした移民の受け入れ等を進める結果、少し古いデータではあるが、アメリカ国勢調査局の予測によれば、2045年には人口に占める白人の割合が50%を下回り、ヒスパニック系や黒人、アジア系等の少数派(マイノリティー)が多数派(マジョリティー)を構成するようになるとみられている。

1 新型コロナの感染拡大を理由に、不法越境者を即時追放する措置。

2 身柄を拘束された不法越境者は、追放・強制退去となるか、あるいは所定の手続きを経て亡命申請が認められるケースもあり、手続き中はアメリカ国内に滞在することも可能である。亡命手続きには数年程度要する場合もあり、申請者数の増加に処理が追いついていないことも課題となっている。

3 Pew Research Center “U.S. Unauthorized Immigrant Total Dips to Lowest Level in a Decade”

党派間の対立

 移民政策については、もともとは、共和党・民主党それぞれの党内に不法移民に寛大な態度を示す勢力と批判的な勢力の両方が存在し、超党派的な対応が必要な政策分野とされていた⁴。しかし、2016年の大統領選挙でトランプ前大統領が不法移民対策の強化を焦点の一つに掲げて勝利して以降、あるいは党派間の分断が深まったとされて以降、共和党は不法移民に厳しい姿勢を、民主党は寛大な姿勢をより鮮明にしているように見える。結果、移民政策は党派間の対立が激しいテーマとなり、議会勢力が拮抗きっこうする中で、立法措置による問題解決がなかなか進まない現状となっている。

 また、これまで、一般的に移民は民主党を支持する傾向があり、移民の受け入れや民族の多様化は民主党に有利になると考えられてきた。確かに現時点では概ねそのとおりであるが、近年は、例えばヒスパニック系の共和党支持が徐々に拡大したり、個人の置かれた法的ステータスによって移民政策に対する考え方が異なったり⁵と、一口に移民と言っても決して一枚岩ではない模様である。将来的に多数を占めるとみられるマイノリティーに対し今後どのような政策を訴求していくかは、両党にとって重要な戦略の一つになるだろう。

4 西山隆行(成蹊大学法学部政治学科教授) 「ドリーマーと共和党の困惑」

5 国籍取得済みの移民はグリーンカードを所持していない移民と比較し、国境警備の強化やオーバーステイの取り締まりの強化を重視する傾向にあるなど。Pew Research Center “Most Latinos say U.S. immigration system needs big changes”

週刊TIME 2009年5月18日号表紙
「絶滅危惧種」として共和党のシンボルマークが描かれているが、一概にそうとも言えない状況である。

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