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海外だより

グローバルな視点で日本農業やJAを見つめるために、全中ワシントン駐在員による現地からのタイムリーな情報を発信します。

新農業法 ついに法案審議開始 その1

[July/vol.157]
菅野英志(JA全中 農政部 農政課〈在ワシントン〉)

 日本で食料・農業・農村基本法の改正法が成立した5月、アメリカにおいても、農業政策や食料政策を幅広く規定する包括的な法律であるアメリカ農業法(Farm Bill)の改正に向けた動きがあった。上院および下院の農業委員会の委員長がそれぞれ独自の新たな農業法の案を公表し(以下、それぞれ「上院農委案」「下院農委案」と呼ぶ)、ついに法案の議論が開始されたのである¹。

 現在、上院農業委員会の委員長は民主党議員、下院農業委員会の委員長は共和党議員であるため、上院農委案と下院農委案を比較すると、農業・食料政策に対する民主党と共和党の思想や優先事項の違いを読み取ることができる。すなわち、農業法関連予算の無制限な拡大はできない中で、上院農委案では栄養プログラムや気候変動対策が優先され、下院農委案では農業関連への支援強化が優先される傾向にあり、それが相違点につながっている。

 新たな農業法は、補助的栄養支援プログラム(SNAP²)の支出増加等に伴い、今後10年間で約1.5兆ドル(約235兆円³)規模になると予測されている。本号および次号において、上院農委案および下院農委案の主な共通点や相違点を見ていくが、上院農委案が「農村繁栄・食料安全保障法案」、下院農委案が「2024年農業・食料・国家安全保障法案」と、いずれのタイトルにも“安全保障”が入っている点は興味深い。

1 アメリカ農業法は実施期間がおおむね5年間に限定された時限法で、現行の「2018年農業法」の実施期限は2023年9月末となっていた。新たな農業法の制定に向け議会で検討が行われていたものの、実施期限までに間に合わず、現行法を1年延長する対応がとられた。

2 アメリカの代表的な困窮者向け食料支援施策で、かつてはフードスタンプという名称で慣れ親しまれていた制度。農業法に基づく支出の約8割を占める。

3 円換算額は2024年5月28日の日銀外国為替市況中心相場の156.80円/ドルを使用。以下本号において同じ。

セーフティーネット対策の強化

 生産コストの上昇をふまえ、セーフティーネット対策を強化していくという方向性は、上院農委案も下院農委案も共通している。具体的には、価格損失補償(PLC⁴)の発動基準となる参照価格の引き上げや、農業リスク補償(ARC⁵)の補償水準の引き上げ、作物保険の改善などは一致しているが、下院農委案の方がより意欲的な内容となっている。例えば、下院農委案ではPLCの参照価格を全品目で10~20%引き上げる一方、上院農委案では、一部の品目でかつ5%の引き上げとなっている。セーフティーネット対策の強化は多くの農業団体が求めていたものであり、その必要性は党派を問わず認識されているが、前述の通り各党の優先事項の違いがここで表れている。

 この他、新規就農者における作物保険の保険料の10%の割引に関して、対象となる新規就農者の定義を就農5年未満から10年未満に拡大する措置(両案共通)や割引率を15%に拡大する措置(上院農委案)、カバークロップや輪作等に取り組む場合の作物保険の保険料割引の検討指示(上院農委案)、PLCやARC等の受給要件を年間課税所得70万ドル(約1億1,000万円)以下に引き下げる措置(上院農委案、現行は90万ドル以下)などが盛り込まれている。

4 当年産の販売価格が参照価格を下回った場合にその差の一部が補塡ほてんされる制度。

5 当年産の収入が基準収入を下回った場合にその差の一部が補塡される制度。

気候変動対策・環境保全対策

 アメリカ史上最大の気候変動対策として、2022年8月に成立したインフレ削減法(IRA)では、農業法に規定されている保全プログラム⁶に5年間で195億ドル(約3兆円)の資金の積み増し等が行われた。今回、こうしたIRA資金を農業法案に組み込むという点では両案共通しているが、下院農委案ではこの資金を気候変動対策以外にも使途を拡大する一方、上院農委案では引き続き気候変動対策のみに使用できる点が異なっており、上院の農業委員長はこれを譲れない一線として強く主張している。上院農委案では、保全プログラムを定期的な再認可が不要な恒久的措置とすることも目指している。

 次号では、栄養プログラムや貿易プログラム、その他の内容について見ていきたい。

6 浸食を受けやすい土地を休耕させる場合に地代分を支援する「保全休耕プログラム(CRP)」や、土壌の健全性の向上や水質の改善等の取り組みに対して技術的および財政的な支援を行う「環境改善奨励プログラム(EQIP)」などがある。

左:下院農業委員会のトンプソン委員長(共和党・ペンシルベニア州)
右:上院農業委員会のスタベナウ委員長(民主党・ミシガン州)
(写真はHoosier Ag TodayのHPより)
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