文字サイズ

海外だより

グローバルな視点で日本農業やJAを見つめるために、全中ワシントン駐在員による現地からのタイムリーな情報を発信します。

アメリカ大統領選挙 激動の7月

[September/vol.159]
菅野英志(JA全中 農政部 農政課〈在ワシントン〉)

 本年11月に実施されるアメリカ大統領選挙に関し、本号を執筆している7月はまさに激動の月であった。

生還した男とアメリカンドリーム

 7月13日、激戦州¹の一つであるペンシルベニア州で開催された選挙集会において、演説中のトランプ前大統領が銃撃される事件が発生した。トランプ氏は奇跡的に軽傷で済んだものの、あと数センチ、あと数秒ずれていれば、命を落としていた可能性が高い。聴衆の3人が死傷したこの暗殺未遂事件に対し、世界中から非難の声が相次いだ。

 この事件は決して許されるものではないが、大統領選挙への影響という観点ではトランプ氏に追い風となった。星条旗を背後に流血しながら拳を振り上げる姿はアメリカ人が好む強いリーダー像そのものであり、これまでトランプ氏と距離を置いていた共和党員や一部無党派層からの支持、同情票が期待できる結果となった。イーロン・マスク氏をはじめ、この事件をきっかけにトランプ氏への支持を明確にした者も少なくない。

 事件の数日後に開催された共和党全国大会は多くの注目を集め、会場は熱を帯びた。共和党内の予備選挙を最後まで戦ったニッキー・ヘイリー元国連大使もトランプ氏への強い支持を表明するなど、11月の選挙に向けて共和党は挙党体制で臨む雰囲気が整った印象がある。大きな歓声で迎えられたトランプ氏は指名受諾演説の中で、国民が分断されている現状を憂いつつ、「アメリカ全体のために大統領に立候補する」として国民の結束を呼びかけた。

 この共和党全国大会の注目点の一つは副大統領候補の指名で、トランプ氏は、オハイオ州の上院議員であるJ・D・ヴァンス氏を自身の副大統領候補として選出した。ヴァンス氏は、「ラストベルト(さび付いた工業地帯)」に位置する中西部のオハイオ州出身であり、白人労働者階級の悲惨な日常を描いた回顧録としてベストセラーとなった『ヒルビリー・エレジー』の著者として有名である。

 副大統領候補の指名受諾演説でヴァンス氏は、自身の生い立ちを紹介しつつ、アメリカの労働者階級のために戦う姿勢を強調した。また、NAFTA(北米自由貿易協定)や中国のWTOへの加盟がアメリカの製造業の衰退につながったと非難し、アメリカに製造業を取り戻すと述べた。

 ヴァンス氏の指名は、激戦州の中でも、ラストベルトに位置するペンシルベニア州やミシガン州、ウィスコンシン州での必勝を期した人選と考えられる。厳しい家庭環境で育ちながらも副大統領候補にまで上り詰めたヴァンス氏の姿は、アメリカンドリームの体現の一つであり、加えてまだ39歳(本号執筆時点)と若いヴァンス氏は、トランプ氏の米国第一主義・MAGAマガ²の後継者として、将来的に共和党をリードしていくことも期待されている。

1 選挙のたびに勝利政党が変わりやすい州で、スイングステートとも呼ばれる。詳しくは本年5月号の本記事を参照。

2 Make America Great Again(アメリカを再び偉大な国に)の頭文字を取った造語。

バイデン大統領の撤退

 7月21日、バイデン大統領が大統領選挙戦から撤退することをSNS上で表明した。6月27日に行われた大統領候補者討論会でバイデン氏は精彩を欠いたパフォーマンスを披露し、民主党内部から撤退を求める声が日に日に増加していた中での決断であった。既に予備選挙を終え、民主党全国大会まで1か月を切ったタイミングでの撤退表明は過去に例がない。

 本号執筆時点(7月下旬)では、バイデン氏が自身の後継として支持を表明したこともあり、ハリス副大統領が民主党の大統領候補として指名される可能性が濃厚である。現在は劣勢であるが、武器となるハリス氏の属性(女性、黒人、アジア系)や若さ(本号執筆時点で59歳)に加え、大統領候補・副大統領候補の円滑な指名、民主党内の結束と刷新感のアピール、開催されるであろうトランプ氏との大統領候補者討論会での大きな勝利などがうまく組み合わされば、逆転のチャンスもあり得る。

 撤退表明の数日後に行われた国民向けの演説においてバイデン氏は、自身のこれまでの実績を振り返りつつ、「新しい世代にバトンを渡すことが最善の道だと決断した。それがこの国を結束させる最善の方法だ」と述べ、撤退を決めた背景を説明した。来年1月の大統領の任期満了をもってバイデン氏は、半世紀以上に及ぶ自らの政治キャリアに幕を下ろすことになる。


共和党全国大会でのトランプ前大統領(左)とJ・D・ヴァンス上院議員(右)
(写真はCNNのHPより)
J・D・ヴァンス著、ヒルビリー・エレジー(日本語訳)
2020年には映画化もされ、Netflix等で視聴可能
(写真は光文社のHPより)
撤退表明後、ホワイトハウスから国民向けに演説を行うバイデン大統領
(写真はワシントンポストのHPより)
記事一覧ページへ戻る