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3. 「笑輪咲」の発起人
瀬長せなが澄子すみこさん

 「笑輪咲」の発起人の一人が瀬長澄子さん(取材当時76歳)です。瀬長さんは戦後の那覇市の生まれで、豊見城市の農家の長男であるご主人のもとに嫁ぎました。ご主人は地域でも有数の篤農家で、インゲン豆や葉物野菜を大規模に経営しており、瀬長さんも日々農作業に従事しました。他方で瀬長さんは、日々の農作業と家事に追われる中で、「このまま家と畑を往復する毎日を送っていては、何も生まれないのではないか」と考えていました。

左から、喜瀬久子さん(元JA女性部事務局)、瀬長澄子さん、宇地原則子さん(加工部のリーダー)、新垣亨さん(JAおきなわ豊見城支店副支店長)

 1987年、瀬長さんに大きな転機が訪れました。当時のJAから声を掛けられ、JA女性部の役員に就任したのです。その2年後の1989年には、当時合併した直後の(旧)JA豊見城の初代女性部長に就任しました。女性部長に就任すると、家庭雑誌『家の光』を購読してさまざまなことを学び、JA女性部の活性化に取り組みます。
 当時、JA女性部では500円玉貯金の活動などが行われていました。これは、農家の女性が自分の財布を持つことで、自立することが目的の活動です。かつては、家長である男性の意見が強く、女性の地位は必ずしも高くありませんでした。家の財布のひもも家長の男性が握っており、女性が自由に使えるお金は少なかった時代です(ちなみにこうした家長の男性の意見が強い家族形態を「家父長制かふちょうせい」と呼びます)。JAでも農家の男性の意見が強く、女性の活躍の場は限られていました。
 こうした環境の中、JA女性部の500円玉貯金の運動やさまざまな活動を通じて、瀬長さんは、女性が活躍する=自立することを一つの目標とします。そして、2009年に瀬長さんを含めた4人の仲間とともに出資して「笑輪咲」を開業しました。
 「笑輪咲」開業のために、加工技術、調理技術はもちろんのこと、経理や雇用、店舗運営のことなどを自ら学びました。全国で広がりつつあった農産物直売所や女性の農村レストランなども積極的に視察し、沖縄でできることを探すために、いろいろなセミナーなどにも積極的に参加。JAから支援を受けるだけではなく、自分たちで苦労することで初めて自立できると、これまで頑張ってきました。
 その後、瀬長さんはJAおきなわの経営管理委員や豊見城市の農業委員を務めます。現在は、豊見城市農業委員会の会長、沖縄県女性農業委員協議会会長としても活躍しています。男女共同参画に向けた活動が評価され、平成23年(2011年)度「農林水産大臣政務官賞」も受賞しました。

4. 女性の起業を生み出す協同組合=JAの力

 「笑輪咲」は地元の方々だけではなく、旅行者の利用も多かったため、コロナウイルス感染症の拡大下では、利用者数の減少に苦しめられました。現在は、少しずつ回復しており、1日当たりの利用者数は100人を超え、売り上げもコロナウイルス感染症の拡大前の水準に、少しずつ戻りつつあります。
 開業からおよそ15年を経た「笑輪咲」も、順風満帆だったわけではありません。売り上げを伸ばすことや、新しいメニューの開発など、さまざまな課題に対応して、その都度メンバーでミーティングを重ねて「笑輪咲」を運営してきました。時には、意見の食い違いなどもありましたが、これまで女性たちの力だけで経営を続けてきました。
 こうした「笑輪咲」の取り組みの原点には、瀬長さんが語るとおり、女性の自立という夢があったのでしょう。そして、その夢を共有できるメンバーがいたこと、さらには、その出発点として、夢を共有する場としてのJA女性部があったことで、瀬長さんの夢をかなえることができたのでしょう。
 JAは農業協同組合です。協同組合は、願いや課題を持つ人々が集まり、自ら組織をつくって、事業を利用することで願いをかなえ、課題を解決する組織です。すなわち、願いや課題を持つ人々=組合員が主人公の組織です。たいせつなことは、組合員の皆さんが主人公であることではないでしょうか。「笑輪咲」は、JA女性部に集った女性たちの中で、同じ願いを持つ人々が、願いをかなえるために始めた協同の事業です。
 そして、その開業の過程では、瀬長さんをはじめとする仲間たち自らの「学び」がありました。「笑輪咲」開店のきっかけの一つは、当時の行政が開催したセミナーでしたが、家庭雑誌『家の光』の購読を通じた日々の学びや、積極的な視察、研修への参加といった学びが、今日につながったのです。
 社会的に、女性の活躍や、スタートアップと呼ばれる起業などが注目を浴びています。実は、こうした社会の取り組みの一歩先を行っていたのが協同組合であるJAです。「笑輪咲」の取り組みに限らず、全国のJAでは、JA女性部や女性の集まりから始まった農産物加工や農産物直売所、農村レストランなどの「女性の起業」の事例が数多くあります。こうした組合員の主体的な活動の場と機会を用意できることが協同組合の特徴であり、JAの強みと言えるでしょう。

5. 「なんくるないさ」と「わったー農協」

  瀬長さんの取材中に何度か聞いた言葉が「まくぅとぅそーけーなんくるないさ」です。沖縄地方の言葉で「正しいことをしていればなんとかなる」という意味です。
 JA女性部の役員、JAおきなわの役員(経営管理委員)を務め、「笑輪咲」の経営でもいろいろとたいへんなことがありましたが、その都度「なんくるないさ」と乗り切ってきました。しかし、その「なんくるないさ」の裏側には、瀬長さんたち女性の、日々の努力がありました。女性の自立を求めて積み重ねた経験があるから言える言葉ではないでしょうか。
 瀬長さんに、これからの「笑輪咲」とJAおきなわのことを尋ねると、「『わったー農協』と意識をすることがたいせつ」という回答が返ってきました。「わったー」とは、沖縄の言葉で「自分」「わたし(わたしたち)」という意味です。つまり、組合員・JA役職員が「自分たちの農協(JA)」という意識を持つことがたいせつだということです。
 「笑輪咲」は瀬長さんたち女性が、自ら出資して、自ら経営してきた「わったーお店」です。他人に頼るのではなく、自分たちで道を切りひらいてきた瀬長さんの言葉には強い説得力がありました。これからも元気に「なんくるないさ」とつぶやきながら「笑輪咲」に立つ、瀬長さんをはじめとするJAの女性の活躍に期待しましょう。

笑輪咲わらわさ」店舗情報
所在地: 〒901-0225 豊見城市豊崎3番地の86
    (JAおきなわ食菜館「とよさき菜々色畑」内)
電話番号:090-1945-5478
営業時間:10:00~14:00
定休日: 毎週水曜日

小林元 こばやし・はじめ

1972年静岡県生まれ。広島大学大学院修了、博士(農学)。広島大学大学院生物圏科学研究科助教などを経て2024年6月より現職。専門は協同組合論、集落営農論。主な著書に『JA新流』(共編著・全国共同出版)、『協同の再発見』(共著・家の光協会)ほか。

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